あらすじ
石亭の戦いで大敗した魏軍。曹休(そうきゅう)は司馬懿(しばい)に責任を押し付けようとするが、司馬懿は反論。諸葛亮(しょかつりょう)は魏の混乱に乗じて北伐を計画。一方、曹叡(そうえい)は司馬懿を処分するふりをして、孟達(もうたつ)討伐を命じる。司馬懿は、諸葛亮の計略に気づきつつも、出陣を決意する。
ネタバレ
悲惨な戦場と父子の絆
深夜の魏軍の陣営は、まさに地獄絵図。負傷兵のうめき声が響き渡り、司馬懿(しばい)たちは行方不明の息子・司馬師(しばし)を必死に捜索します。そんな中、老将・賈逵(かき)が約束通り、戦場で司馬師(しばし)を救出!司馬懿(しばい)は安堵し、脚に矢を受けた司馬師(しばし)を背負って医務室へ急ぎます。
一方、大司馬・曹休(そうきゅう)の陣営では、大敗の責任を巡って怒号が飛び交います。曹休(そうきゅう)は、すべての責任を司馬懿(しばい)に押し付けようとしますが、司馬懿も黙ってはいません。息子の治療に付き添っていた司馬懿は、曹休(そうきゅう)の言いがかりに対し、冷静に反論。曹休の当初の独断専行を痛烈に批判し、曹休は怒りのあまり吐血してしまいます!
石亭の戦いの影響と諸葛亮(しょかつりょう)の思惑
石亭の戦いは、魏が15万の大軍を投入したにもかかわらず、呉に大敗を喫した戦い。この結果、魏は呉に対する戦略を守勢に転換せざるを得なくなり、その後23年間も大規模な侵攻を仕掛けることができませんでした。呉の陸遜(りくそん)の見事な計略は、孫権(そんけん)が皇帝に即位する道を開き、三国鼎立の時代をより長く続かせることになります。
蜀の成都では、諸葛亮(しょかつりょう)が曹休の敗北を予見。諸葛亮(しょかつりょう)は、司馬懿の知略を警戒しつつ、魏の兵力が弱体化した今こそ北伐の好機と捉えます。
洛陽での責任追及と司馬懿の処遇
洛陽の宮廷では、曹叡(そうえい)が敗戦の責任を追及。曹真(そうしん)と曹休は、司馬懿を陥れようとしますが、司馬懿は巧みに反論します。曹叡(そうえい)は司馬懿を擁護し、軽い処分として自宅謹慎を命じますが、曹休は納得がいきません。しかし、曹叡(そうえい)は冷静に曹休をなだめ、若き皇帝としての手腕を見せつけます。
司馬家の内情と諸葛亮の計略
司馬邸では、司馬懿が孫の司馬柔(しばじゅう)を試問中に、鐘会(しょうかい)(しょうかい)が来訪。司馬懿は、鐘会(しょうかい)に今回の処分の裏にある大局的な判断を説明します。一方、司馬昭(しばしょう)は鐘会(しょうかい)に、父・司馬懿の真の野望を語りますが、その会話を司馬懿に聞かれてしまい…。
蜀では、諸葛亮が司馬懿の処罰を軽視。諸葛亮は、司馬懿が兵権を掌握することを最も望んでいると見抜き、孟達(もうたつ)を利用した「調虎離山」の計略を仕掛けます。諸葛亮の偽造した書簡は、曹叡の元に届けられ、曹真(そうしん)の讒言もあって、曹叡は孟達(もうたつ)を討つことを決意します。
曹休の屋敷では、何晏(かあん)が曹爽(そうそう)に五石散を勧めるなど、堕落した様子に曹休は激怒。曹爽(そうそう)に孟達(もうたつ)討伐を命じますが、臆病な曹爽(そうそう)は司馬懿に討伐を押し付けるよう父に提案します。
司馬家では、夏侯徽(かこうき)が女児を出産し、一家は幸せなひとときを過ごしていました。しかし、夏侯玄(かこうげん)が訪れ、司馬師に、司馬懿が孟達討伐の命を受けないよう忠告します。
その頃、内官が皇帝の勅命を携え、司馬懿に新城攻撃を命じます。司馬師が駆けつけますが、時すでに遅し。司馬懿は、せめて曹真(そうしん)の直属ではない宛城の兵を率いることを願い出ます。
今回のエピソードに登場するキャラクター
- 孟達(もうたつ)
- 何晏(かあん)
- 司馬柔(しばじゅう)