イ・サン

ストーリー

『イ・サン』は、朝鮮王朝第22代王である正祖(チョンジョ)、すなわちイ・サンの波乱に満ちた生涯を、史実とフィクションを織り交ぜながら描いた長編歴史ドラマです。全77話で構成され、大ヒット作『宮廷女官チャングムの誓い』の制作チームが手がけました。韓国では最高視聴率32.7%を記録し、緻密なストーリー展開と壮大なスケールで、韓国時代劇の金字塔として高く評価されています。

若き日の苦悩と試練

物語は、イ・サンの少年時代から始まります。11歳の時、父である思悼世子(サドセジャ)が、祖父・英祖(ヨンジョ)王によって米びつに閉じ込められ餓死するという衝撃的な事件「壬午士禍(イモファビョン)」を目の当たりにします。この悲劇は彼の心に深い傷を残し、生涯つきまとう悪夢となります。

祖父・英祖は孫であるイ・サンに王位継承者としての期待をかける一方、極めて過酷な試練を与えます。真冬の雪の中で何時間も座らせたり、わざと刺客を差し向けて対応能力を試したりするなど、その教育は峻烈を極めました。こうした経験を通して、イ・サンは表面上は物腰柔らかく従順でありながら、内面には父の無念への悲憤と、権力に対する強い警戒心を秘めた、粘り強い性格を形成していきます。

王位への道と治世

成人したイ・サンは、王位継承者(世孫)として、常に政敵からの脅威に晒されます。王の外戚であるホン・イナンや重臣のチョン・フギョムらは、別の王族を擁立しようと画策し、英祖の遺言を偽造するなどの妨害工作を行います。しかし、イ・サンは忠実な護衛官パク・テスや、幼い頃に出会った宮女ソン・ソンヨン(後の宜嬪成氏)らの助けを得ながら、派閥間の対立を巧みに操る「蕩平策(タンピョンチェク)」を用いて難局を乗り切り、1776年、ついに王位に就きます。

即位後、正祖となったイ・サンは直ちに『明義録』を発布して反対勢力を逆賊と断罪し、洪麟漢らを流刑に処すなど、王権を脅かす勢力を一掃します。

改革への情熱と抵抗

正祖の治世は、革新的な政策で知られています。彼は学術機関「奎章閣(キュジャンガク)」を設立し、チョン・ヤギョンら実学派の学者を登用して、経済、軍事、文化にわたる広範な改革を推進しました。特に、御用商人の独占を廃止し、民間の自由な商業活動を認めた政策は、商品経済の発展を促しました。また、西洋の築城技術を取り入れて水原華城(スウォンファソン)を建設し、国防力の強化も図りました。

しかし、これらの改革は旧来の支配階級である保守派(老論派)の利益を脅かすものでした。英祖の継妃であった貞純(チョンスン)王妃を中心とする保守勢力は、ことあるごとに新政策を妨害します。また、かつてイ・サンの即位に貢献した側近の洪国栄(ホン・グギョン)も、後に後宮を掌握しようとして粛清されるなど、改革を進める上での孤独や、権力に伴う葛藤も描かれます。

運命の愛、ソンヨンとの悲恋

物語のもう一つの軸となるのが、イ・サンと、図画署(トファソ、宮廷の絵画制作部署)の茶母(タモ、下働きの女性)であったソン・ソンヨンとの身分違いの恋です。二人は11歳の時に出会い、ソンヨンの聡明さと純粋さにイ・サンは心惹かれます。成人後、王となったイ・サンはソンヨンを側室(宜嬪成氏)として迎え入れますが、それは彼女を激しい後宮の権力争いに巻き込むことでもありました。ソンヨンはイ・サンの地位を盤石にするために自ら困難に立ち向かい、イ・サンもまた、国を治める王としての責任と、愛する人を守りたいという想いの間で深く葛藤します。ソンヨンは世継ぎとなる王子を産みますが、若くしてこの世を去り、イ・サンは深い悲しみに暮れます。劇中では、史実に基づきつつも、月夜に二人で舞うシーンや、ソンヨンがイ・サンの盾となる場面など、ロマンチックな脚色が加えられ、二人の愛の悲劇性を際立たせています。

史実とフィクションの融合

『イ・サン』は、奎章閣の設置や実学派の登用、天主教(キリスト教)の伝来といった史実を丁寧に描きながら、当時の社会風俗(王が眼鏡を使用するなど)も細やかに描写しています。一方で、イ・サンとソンヨンの恋愛模様の詳細や、貞純王后がイ・サンの毒殺を企てるなどの描写は、ドラマを盛り上げるための創作であり、史実とは異なる部分もあります。

評価と影響

本作は、単なる英雄譚ではなく、陰謀渦巻く宮廷で苦悩しながらも、民のための改革を目指した王の人間的な姿を深く描き出したことで、多くの視聴者の共感を呼びました。イ・サンを演じたイ・ソジンは「韓国で最も魅力的な王」と評され、ソンヨン役のハン・ジミンも、純粋な少女から後宮の女性へと変化していく様を繊細に演じきりました。

『イ・サン』の成功は、後の韓国歴史ドラマにも大きな影響を与え、史実を尊重しながらも、登場人物の感情や人間関係を豊かに描くというスタイルの一つの手本となりました。朝鮮王朝後期という激動の時代を背景に、一人の王が理想と現実、権力と愛の間で繰り広げる葛藤を描いたこの物語は、歴史の再現にとどまらず、普遍的な人間ドラマとして、今なお多くの人々を魅了し続けています。

ドラマ『イ・サン』最終回ネタバレ

ドラマ『イ・サン』の最終回は、歴史の重みとドラマならではの悲しみが交錯する、感動的でありながらも切ない結末を迎えます。権力、愛、そして理想の間で葛藤した改革者イ・サンの孤独な終幕と、時代の大きな流れには逆らえない現実が描かれています。

1. 王イ・サンの最期

  • 歴史と重なる死:ドラマのイ・サン(演:イ・ソジン)は、史実通り1800年に48歳という若さで病によりこの世を去ります。彼の死因となった背中の腫物は、単なる病気としてだけでなく、古い体制の中で改革を進めようとした彼が負った深い傷の象徴としても描かれています。
  • 改革への想いと無念:最期の時が迫る中、イ・サンは病を押して自ら育成した新しい軍隊の訓練を視察し、生涯をかけた兵法書『武芸図譜通志』の完成を見届けます。その目には、改革の成果に対する安堵と共に、志半ばで終わることへの無念さが滲んでいました。
  • 後継者と政治への失望:イ・サンは、まだ幼い世子(後の純祖)の後見を、正室の親戚である金祖淳(キム・ジョスン)に託します。これは、長年対立してきた保守的な官僚(両班)たちへの失望の表れでした。「官僚たちと20年共に歩んだが、結局は無駄だった」という彼の言葉は、改革者の深い無力感を物語っています。この選択は、その後約60年にわたり金祖淳一族が政治の実権を握る「勢道政治」の始まりを暗示しており、イ・サンの改革が彼の死後、保守勢力によって骨抜きにされていく未来を示唆しています。

2. ヒロイン・ソンヨンの悲劇的な愛の結末

  • ドラマティックな最期:イ・サンの側室となったソンヨン(宜嬪成氏、演:ハン・ジミン)の結末は、ドラマで最も感動的に描かれた部分の一つです。史実でも彼女は若くして亡くなっていますが、ドラマでは、イ・サンの腕に抱かれながら最後の王の肖像画を完成させ、「どうか強く生きてください」と言い残して息を引き取るという、美しくも悲しい最期として描かれています。これは、韓国ドラマ史に残る名場面とされています。
  • お腹の子の運命:ソンヨンが亡くなる時、お腹にはイ・サンの子がいました。ドラマではこの子が生まれたかどうか明確には描かれていませんが、これは史実でソンヨン(宜嬪成氏)に成人した子供がいなかったことと一致します。しかし、ソンヨンが最期にお腹を優しく撫でる仕草は、生まれることのなかった子がイ・サンの精神的な支え、あるいは改革の意志を継ぐ象徴となることを暗示しており、視聴者に深い余韻を残します。

3. 主要人物たちのその後

  • 貞純(チョンスン)王妃(演:キム・ヨジン):史実通り、イ・サンの死後は大王大妃として政治の実権を握り(垂簾聴政)、保守派を重用してキリスト教徒を弾圧する「辛酉(シニュ)教難」を引き起こします。ドラマでは、イ・サンとの対立がより強調され、彼を毒殺しようとしたり、死後に改革派の官僚を追放したりするなど、史実以上に保守勢力の抵抗を象徴する存在として描かれています。
  • ホン・グギョン(演:ハン・サンジン):かつてイ・サンの右腕として権勢を振るったホン・グギョンは、権力欲から王妃毒殺未遂事件を起こし、流刑に処されます。ドラマでは、流刑地でも国の将来を案じ、改革案を記した書を木の根元に埋めて後世に託すという、理想主義的な一面も描かれ、その最期に皮肉と悲劇性が加えられています。
  • 孝懿(ヒョイ)王后(演:パク・ウネ):イ・サンの正室。自身に子はできませんでしたが、ソンヨンの息子(後の純祖)を我が子同然に育て上げ、王位を継がせました。ドラマでは、イ・サンの死後、彼の遺志を継ぐように、彼の父・思悼世子の無実を訴えた文書『明義録』を読み上げる場面があり、改革の理念が王室によって受け継がれたことを象徴的に示しています。

4. ドラマが描いた歴史と創作

  • 改革の限界:ドラマでは、奎章閣(キュジャンガク)の設置や水原華城(スウォンファソン)の建設といったイ・サンの改革の成果が描かれますが、彼の死後、激しい党派争いは収まらず、国は再び混乱(外戚による勢道政治)に向かいます。これは、朝鮮王朝の短い繁栄とその後の衰退という歴史の流れを反映しています。
  • 愛と権力の矛盾:イ・サンとソンヨンの身分違いの愛は、冷徹な王としての顔の裏にある人間的な救いとして描かれました。しかし、ソンヨンの死は、イ・サンから心の支えを奪うだけでなく、権力闘争の中で改革者が個人の幸福を犠牲にせざるを得ないという、厳しい現実を象徴しています。
  • 歴史の解釈:ドラマでは、イ・サンが父・思悼世子の悲劇(壬午の変)に関する記録を抹消しようとする場面が描かれます。これは史実ではありませんが、権力者が歴史をどのように語り継ぐか、という問題を暗示しています。最終的に父の名誉を完全に回復できなかったことは、権力がいかに真実を覆い隠す力を持つかを示唆しています。

5. ドラマ『イ・サン』が残したもの

『イ・サン』の結末は、韓国で改革者の孤独な闘いについて改めて考えるきっかけとなりました。イ・サンの苦悩は、後の時代の様々なリーダーたちの姿と重なり、多くの視聴者の共感を呼びました。近年、同じくイ・サンと宜嬪成氏(ソンヨン)を描いたドラマ『袖先赤いクットン』も人気を博しましたが、『イ・サン』でイ・ソジン演じるイ・サンが雨の中でソンヨンを抱きしめるシーンは、今なお色褪せない名場面として語り継がれています。

このドラマは、歴史的事実を尊重しつつも、登場人物たちの感情を豊かに描くことで、歴史上の人物をより深く理解させる歴史ドラマのあり方を示しました。イ・サンの最期の言葉「私は恐怖の中で生まれ、孤独の中で死ぬ」は、いつの時代も理想を追い求める改革者が背負う宿命を、見事に表現しています。

結び

『イ・サン』の最終回は、単なる歴史の再現ではなく、登場人物たちの運命を通して、時代の大きなうねりを描いた壮大な物語の締めくくりです。イ・サンの死、ソンヨンの犠牲、そして貞純王妃らによる権力闘争は、朝鮮王朝後期の複雑な社会模様を映し出しています。このドラマは、改革者の遺志を継ぐことの難しさ、そして歴史の真実は勝者と敗者、それぞれの視点の中に隠されていることを、私たちに教えてくれます。