感想·評価一覧
『千古の愛、天上の詩』の視覚効果は仙侠ドラマの中でもトップクラスと言えるでしょう。映画のような映像美は、まさに圧巻の一言です。特に、上古(じょうこ)が九幽で千年修行を積み、混沌の力を完成させて神界に戻り、窮奇(きゅうき)と戦うシーンは圧巻でした。凶獣としての窮奇(きゅうき)の姿は、原作に忠実に再現されており、迫力満点です。また、神器である古帝剣の特效も素晴らしく、上古(じょうこ)の戦闘シーンに華を添えています。ワイヤーアクションも駆使されており、周冬雨(チョウ・ドンユィ)の演技も素晴らしく、高いプロ意識を感じさせます。
封印玄一(げんいつ)と雑毛鳳凰との戦いも、記憶に残るシーンです。神が魔を圧倒する様子が、迫力満点に描かれています。特に、封印玄一(げんいつ)のシーンでは、上古(じょうこ)が幼いながらも、六万年後に同じ状況に遭遇した際には、成長した姿を見せてくれます。「何為正、何為邪?何為天地道義?」という上古の言葉は、邪は決して正に勝てないことを教えてくれます。
キャラクター設定:賛否両論
上古のキャラクターは、このドラマの中心人物です。無邪気な少女から、自らを犠牲にする主神へと成長する上古の姿は、感動的です。自分が死ぬ運命にあることを知っても、ためらうことなく使命を果たそうとする姿は、主神としての責任感を感じさせます。上古の犠牲は、蒼生を守るだけでなく、自分自身の運命に対する決断でもあります。
しかし、上古は幼い頃から蒼生を守る使命を背負っており、ある意味では可哀想な存在でもあります。上古は自由奔放に生きることができますが、主神となった後は、自由を制限されなければなりません。だからこそ、灰になる直前に「来世では、神ではなく、あなたと一緒にいたい」と願ったのでしょう。この言葉は、自由と愛への憧れを表しています。
白玦(はくけつ)は、複雑で情熱的なキャラクターです。真神として、蒼生と愛する人を守るという重責を背負っています。
白玦(はくけつ) vs 玄一(げんいつ)
このシーンは、神の正義と犠牲精神を見事に表現しています。神々が元神を自爆するシーンは、胸が熱くなります。神界の安危は、彼らの最大の目的です。白玦(はくけつ)は、仲間たちの期待に応え、玄一を倒し、神界を守ります。「天道正義、蒼生大道」という言葉は、彼の信仰であり、神界への約束でもあります。
白玦、上古のために犠牲に
白玦は、天界の神々、三界の蒼生、そして元启と上古の二人に申し訳ない気持ちでいっぱいだったでしょう。彼は死ぬ前に元启に、愛情と無念の言葉をかけます。元启にとって、白玦の死は大きなショックです。彼の言葉には、息子への期待と別れが込められており、涙を誘います。上古は夢の中で白玦と別れを告げます。このシーンもまた、感動的です。
原作へのオマージュ
最後に、原作作者である星零さんに敬意を表したいと思います。星零さんの忠実なファンとして、『上古』シリーズはすべて読み、単行本も持っています。星零先生には、未完成の作品である『白烁上神』の続編を書き続けてほしいと思っています。白烁のその後がどうなるのか、とても気になります。
黒玦大婚の感想
黒玦大婚は、千古の愛、天上の詩の中で、清穆(せいぼく)と柏玄(はくげん)の融合に次ぐ大きなクライマックスでした。これは単なる独立したストーリーではなく、多様なキャラクターが織り成す群像劇であり、細部に至るまで、劇中の登場人物の性格や今後のストーリー展開に重要な役割を果たしています。
後池 (こうち)はなぜ結婚式に現れたのか?
後池 (こうち)の登場は予想外のことでした。彼女は黒玦を愛しておらず、清穆(せいぼく)が死んだと信じていました。もし、偶然北海で清穆(せいぼく)を悼むことがなければ、彼女は清池宮で安産を願っていたかもしれません。しかし、清穆(せいぼく)が生きていること、そして蛍火によって確かな証拠を得たことで、彼女の心は大きく揺さぶられました。後池 (こうち)は、黒玦が清穆(せいぼく)の意識を抑圧しているのか、黒玦が清穆を認めていないのかに関わらず、清穆を取り戻したいと考えました。そのため、彼女は柏玄(はくげん)の正体を明かし、黒玦の行動を徹底的に分析しました。これらは、黒玦がずっと隠してきた秘密でした。
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